大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)719号 判決

上告人

白杉市蔵

外四名

右五名訴訟代理人

増田淳久

被上告人

権野雄次郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人増田淳久の上告理由一(一)について

原審が適法に確定したところによれば、(一) 本件土地は高田佐治郎が被上告人から賃借し、その地上に本件建物を所有していたところ、昭和三四年五月四日上告人らの被承継人白杉キクエが佐治郎から本件建物とその敷地である本件土地の賃借権を譲り受け、そのころその引渡を受けたが、右賃借権の譲渡については被上告人の承諾を得なかつた、(二) キクエは右賃借権の譲受後も被上告人に賃料を支払つたことはなく、昭和三五年六月ころ被上告人に賃借権譲渡の承諾を求めたが拒絶せられ、かえつて佐治郎の賃料不払によつてすでに同人との賃貸借契約は解除ずみであるとして本件建物の収去と本件土地の明確を求められた、(三) キクエはその後昭和三六年八月二一日にいたつて始めて同三五年一月以降の賃料として月二一六円の割合による金員を弁済供託し、以後毎月又は数か月分をまとめて弁済供託をしている(ただし、昭和四五年四月からは月八一〇円に増額。)、というのであり、右認定の事実関係の下では、キクエが前記昭和三四年五月以降賃借意思に基づいて本件土地の使用を継続してきたものということはできないから、原審が上告人らの賃借権時効取得の抗弁を排斥したのは正当であり、論旨は理由がない。

同一(二)及び二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治郎 団藤重光 藤崎萬里 本山享 戸田弘)

上告代理人増田淳久の上告理由

一 原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある。

(一) 土地賃借権の時効取得に関する点について

他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときには、民法第一六三条に従い、土地の賃借権を時効により取得することができるとすることは、最高裁判所においても昭和四三年一〇月八日の第三小法廷判決以降判例として踏襲されて来たところであり、「賃借意思の客観的表現」とは、時効取得される権利(賃借権)の内容を享受する意思をもつて行使していたことを示す事実上の根拠となつた客観的事実が具備されていることであり、内心的なものだけでは足りないとされている。問題は、どのような客観的事実が具備されているときに「客観的表現」があると言えるかであるが、それについて、現実の賃料支払まで必要とするか、供託のみで足るか、供託のほかに弁済の提供をも含めてよいか等については見解が岐れるところであるが、それは結局具体的事案についての認定と法解釈の問題ということになろう。

ところで、本件の場合、原判決は、その認定した事実関係によると、亡白杉キクエの地代供託は、「賃借権譲渡につき賃貸人の承諾がないのを承知の上で」した「行為」であるから「キクエが本件土地の賃借権を適法に取得したという意思で弁済供託を開始し継続したとは到底解し難い」として、上告人等の賃借権時効取得の抗弁を排斥された。

しかしながら、昭和三五年六月頃亡キクエが被上告人と面談する以前において、亡キクエは高田佐治郎に地代交付をしていたことは事実であり(この点についての原判決は事実誤認)、キクエが建物買受当初から賃借意思を有して本件土地占有を始めたことは勿論である(そうでなかつたら建物を買う筈はない)。

そして、右建物買受当時以前は本件土地の地代支払は被上告人と高田佐治郎間においては毎年末に一年分を年払いの方式で支払うことの約定があつたことから、昭和三四年五月六日までは右高田が本件建物の所有権を有し、且つ、借地権を有していたところより、昭和三四年一年分につき高田佐治郎名義で昭和三五年二月一七日に弁済供託されたものであり、キクエとしては、右の供託以前に高田に地代交付をした段階で本件土地の賃借権を適法に取得したという意思を有し、賃借意思の客観的表現行為をなしたというべきである。

しかるに原判決は、事実関係について認定を誤り、その結果、民法一六三条の適用を誤り、賃借権時効取得の抗弁を排斥し、上告人を敗訴させたもので、この点でまず判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背をしているものと言わねばならない。〈以下、省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例